末吉、居留守を語る
カテゴリー: 護國日誌
2011年10月23日 日曜日

『元気な日本をとりもどそう!』

 

 

おはようございます、

『人生楽笑』末吉です(⌒▽⌒)

 

今日は、朝から七五三準備で

バタバタしておりますので、

 

居留守でぇ~すwww

 

御用の方は、

コメントして下さい。

 

本日は、

七五三とお宮参りの問い合わせが多く、

末吉もその準備で右往左往しております。

秋晴れのいい一日となりそうですので、

みなさんも、

是非お参りに来てくださいね。

 

 

~今日の予定~

 ①大安です

  

~明日の予定~

 ①霜降

    

~明後日の予定~

 ①関行男中佐慰霊祭(於 楢本神社)

コメント / トラックバック2件

  1. S より:

    『神風特別攻撃隊』私も入手以来、愛読書の一冊で、匿名様また特に末吉様も読んでおられると拝見し、素晴らしい!と深く深く感動し大変嬉しいです。有難うございました。お二人に刺激され(笑)つい私も特攻に関する本で感動的なものの一つを紹介させて頂くこととしました。
     それは、沖縄での地上戦開始前に行なわれた、陸軍武剋飛行隊(広森達郎中尉以下9名)の特攻です。結構有名でご存知の方もいると思います。が、この意味や意義を深く洞察して書いた文献の一節をご存知でしょうか。それは作家の伊藤正徳氏の『帝国陸軍の最後』全五巻のなかの第四巻の「特攻編」の中の文章です。ぜひ多くの方に知っていただきたいと、少し長いですが一部引用します。

    *以下引用
    日本が正式に航空戦(沖縄戦における)を開始する以前、偶然にも、沖縄本島に飛来した関東軍飛行隊の一部による「体当たり攻撃」が敢行された一戦を紹介しておこう。それは中尉広森達郎を長とする「武剋飛行隊」の九機であって、南西方面増援の第一陣として、(昭和20年)三月二十六日に沖縄本島に着陸したものであった。(目的地は台湾)
     三月二十三日、嘉手納海岸沖に現れた米国の艦隊は、威力偵察を目的とした第一陣であって、空母、戦艦等三十余隻から成り、艦砲射撃と爆撃とを連施して日本軍の反応を知ろうとつとめていた。航空参謀、中佐神直道は、この機会こそ敵艦隊に航空攻撃をくわえる作戦上の神機であると信じ、九州からの出撃を要請したが、兵力足らずして実現を得ず、ただ、適時、航空攻撃を指揮すべしという紙上命令だけを受けていた。そこへ、期せずして第二航空軍から台湾へ増派される武剋飛行隊の第一陣が途中着陸したのであった。
     神中佐は、その広森部隊だけでも投入して、眼前を遊弋中の敵艦隊に一撃をくわえ、彼の計画を第一日において攪乱したい衝動に駆られ、その夕、北飛行場に急行して、広森以下の九勇士と会合し特攻敢行の要請を述べて、彼らの意中をただした。精気横溢するも沈着の度を失わない青年将校広森達郎は、「やってみましょう」と簡単率直に答えた後、八名の部下を集めて静かに言い渡した言葉は次の通りであった。
    「いよいよ明朝は特攻だ。みないつものように俺について来い。そこでつぎのことだけは約束しておこう。今度生まれ変わったら、それがたとえ蛆虫であろうとしても、国を愛する忠誠心だけは失わぬようにしよう」
    一同は、「ハーイ」と声高らかに答えるのであった。なんという尊い一言であったろう。十時間の後には死んでゆく若人たちが、死んだ後も愛国の誠心を持ちつづけようとするその純正無垢の精神には、強気の神参謀も胸を突き刺されて、思わず涙を流してしましった。とその作戦日誌に認めている。筆者もまた、この一言は、日本の歴史のために書き残し、そうして本論の他の部分が消え去っても、この一言だけは残しておきたいと祈りつつこの戦記を書いている。
    国を愛する国民の心があって、国ははじめて独立もし、栄えても行く。それを失った国は表面の盛況はどうであろうとも、その瞬間から頽廃の歩を辿るのだ。その愛国心の要は、戦争と平時とを通じてなんら変わるところはない。広森が平和な今日に生きていたなら、おそらく愛国の若い詩人になっていたであろう。前記の短い一言は、それほど感銘的な印象を永くわれわれの心に刻むのである。
     広森たちは爆装も知らず、また、艦船攻撃の要領は何も教えられていなかった。特攻の議が決まると、一同は、「参謀殿、やり方を教えて下さい」と、言いながら、神中佐の膝もとに集まった。そこで神は(中略)〔やり方を〕詳細に説明し、夜半、後ろ髪を引かれながら北飛行場を辞した。翌二十七日黎明、牛島中将以下軍司令部の要員全部は、首里山上に集合して、武剋飛行隊の特攻を五千メートルの眼前に観望した。指示された発信時刻と寸秒の狂いもなく、三機編隊の三郡は、まず、首里山の真上に飛び、翼を振って別れを告げた後、西方海上に直角旋回して敵艦船群に突っ込んで行った。(後略)
    *出典は光人社平成10年刊行より

    今不況といわれる中でも、多くの人々は衣食住には不自由はありません。戦渦にも晒されてもいません。しかし、国の独立を維持するに不可欠の防衛費は年々削減、それに比例するかのように尖閣、竹島、北方領土等領土や国の安全は危殆に瀕しつつあります。また、政治家は国のためと言いながら保身的行動が目立ち、青少年のいびつな犯罪は(大人の一部も)の続発、先進国で突出して自殺者は13年連続3万人超え等々、今の日本は盛況そうに見えて確実に頽廃の歩を辿ってるようにしか見えません。著者は今の日本を見透かしたように広森中尉らの遺志、精神に学べ!愛国心を失うな!それが国の根本であるとの警鐘と日本人の覚醒を促しているのです。
    他にも、こうした魂を揺さぶるような至玉の言葉も散見できます。政治や教育など制度改革の運動も大切ではありますが、私たち一般の人々でも日々の生活のなかで、日本人としての誇りが甦り明るく元気が溢れでるような、特攻隊他の英霊の手記や遺書などを取り上げた良書を読み、国を愛する心を育む先人たちの言葉を、家族や友人など身近な人たちへ伝えて行くことは出来ると思います。そこから自分たちの住む町や地域から日本の再生復興への歩みは始まるのだと思います。直情的で纏まりのない文章で失礼しました。拝

  2. 末吉 より:

    S様
     
    こんにちは。
    いつもコメントありがとうございます。
    S様のご紹介の本は、
    本当に素晴しいものばかりで、
    コメントがあるたびに、
    本屋さん巡りをしております。
     
    さて、
    伊藤正徳氏の『帝国陸軍の最後』全五巻
    これもまだ読んでおりませんw
    引用の部分だけでも、
    『この本は是非読まなくちゃ!』
    と思うほど、
    末吉にピッタリ、
    この時季にピッタリのものですね。
     
    コメントを拝見し、
    末吉は、何も言うことはありません。
    まさにおっしゃるとおりです。
     
    『英霊の心を我が心とする日がいつの日か必ずやってくる』
     
    そう信じたいですね。
     

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