末吉、感謝を語る
カテゴリー: 護國日誌
2011年10月27日 木曜日

『元気な日本をとりもどそう!』

 

 

こんにちは、

『人生楽笑』末吉です(⌒▽⌒)

 

10月25日関中佐の慰霊祭に参列された方から、

そのときのお写真をお送り頂きました。

五軍神の慰霊碑と幟の写真です。

御遺影や関連の写真が掲示されています。

この日に限り、このように掲示があります。

また、関中佐が海軍兵学校を卒業された時の、

卒業証書までお送り下さいました。

 

そして、説明看板まで。。。

また、

お送り頂いた文章では、

慰霊祭の様子をわかりやすく説明してくださっており、

心から感謝申し上げます。

折角お送りくださったので、

全文添付いたします。

是非、みなさんご一読下さい。

 

以下、原文のままです。

 

昨日10月25日は、昭和19年、大東亜戦争において神風特攻隊第一号敷島隊がフィリピンのマバラカット基地を出撃し、アメリカ軍艦に体当たり攻撃を行い敷島隊五軍神が壮烈な戦死を遂げられた御命日の日です。
 
この日、敷島隊隊長・関行男命の故郷である愛媛県西条市大町の楢本神社境内の慰霊碑前において、ご遺族、旧軍関係、自衛隊関係、行政、議員、各種団体関係など数百名が県の内外から集い、慰霊追悼式典が今年も盛大に行われました。
 
海上自衛隊徳島教育航空群機による追悼飛行、海上自衛隊呉地方総監部音楽隊による追悼演奏なども行われました。
 
故・関行男海軍中佐(海軍大尉から戦死後、二階級特進)の慰霊碑は、昭和50年に建立。昭和56年からは敷島隊隊員4柱(中野磐雄命、谷暢夫命、永峰肇命、大黒繁男命)も合祀、五軍神としてまつられています。平成9年からは、愛媛県下の特攻戦没者も合祀され、現在93柱の御霊が祀られています。
 
敷島隊をはじめ多くの特攻隊員の方々による身を捨てての体当たり攻撃が、米軍の心胆を寒からしめ、最終的に国の独立を守り、國體を護持することができたことを思えば、ただただ感謝であります。
 
関行男命 辞世 
「教へ子は散れ山櫻此(かく)の如くに」(第四十二飛行学生へ)
 
追悼式典では、次の顕彰歌も婦人コーラス隊により、毎年歌われておりますので、紹介させていただきます。
 
関中佐功績顕彰歌
 
一 武丈の花の精うけて
      大和心の 敷島隊
   吹けよ 神風 花吹雪
      散りて尊き軍神
 
ニ 必死必中敵艦に
      あゝ壮烈の体当たり
   鬼神もさくる特攻の
      先陣切りし関中佐
 
三 見送る基地に手をあげて
      こたふ間もなく雲の上
   生も死もなき心境に
      取る零戦の舵かるし
 
四 スルアン近く 敵の艦
      忽ち覆ふ弾幕に
   ニッコリ笑って振る翼
      我につづけと急降下
 
五 五つの肉弾 轟然と
      あげる火柱 水柱
   いさおも高き忠烈は
      いや輝かん萬世に
 
六 大君の為 神風は
      翼つらねて今日も征く
   中佐の霊や故郷の
      我等に何を求むらん
 

拙いですが、献歌をつくりました。
 
神風の特攻隊の攻撃はすめらみくにの国柄まもりぬ
 
身を捨ててすめらみくにを守られし尊きみたまに感謝ささげむ
 
特攻隊の方々の純粋に国を思われた愛国心を後世に伝えていかなければならない。そして、特攻隊の方々が命をかけて守られたこの祖国を断固守っていかなければならないと決意を新たにさせていただきました。

 

末吉が説明するより、

わかりやすく、深いですね。

改めて感謝申し上げます。

本当に有難う御座いました。

 

 

~今日の予定~

 ①特にありません 

  

~明日の予定~

 ①大安です

 

~明後日の予定~

 ①特にありません

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